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浦和地方裁判所 昭和58年(ヲ)1640号 決定 1984年4月03日

申立人 十二支商事株式会社

右代表者代表取締役 越智毅

相手方 坂場英之

右代理人弁護士 鈴木康之

主文

相手方は申立人に対し、別紙物件目録記載の建物を引き渡せ。

申立費用は相手方の負担とする。

理由

第一双方の申立及び主張の要旨

一  申立人は、主文第一項同旨の裁判を求め、その理由の要旨は次のとおりである。

1  申立人は、浦和地方裁判所昭和五七年(ケ)第五一〇号不動産競売事件(以下「本件競売事件」という。)において、昭和五八年八月五日、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の売却許可決定を得たうえ、同年一一月一四日その代金全額を納付した。

2  相手方は本件建物に居住してこれを占有しているが、相手方が同建物の占有を開始したのは本件競売事件の差押の効力が発生したのちの昭和五八年三月二七日であり、申立人に対抗しうる権原も有していない。

3  よって、申立人は相手方に対し、本件建物の引渡を求める。

二  相手方は、本件申立を棄却するとの裁判を求め、その主張の要旨は次のとおりである。

1  相手方は、本件競売事件の差押の効力発生前の昭和五七年一二月一日、当時の所有者である佐藤玲子から本件建物を賃借したものであり、居住を開始したのは申立人主張の日ころからであるが、それより以前に本件建物の玄関に相手方名の表札を出し、休みの日毎に荷物を運び入れ、昭和五八年一月上旬ころから現実に本件建物を占有していた。

2  仮に右事実が認められないとしても、相手方は前記賃貸借の際、佐藤玲子に対し敷金四五〇万円を差し入れたものであり、貸主の義務を承継した申立人に対し右敷金返還請求権を有するから、右敷金の弁済を受けるまで留置権に基づき本件建物を占有する権原を有する。

第二当裁判所の判断

一  本件記録によれば、申立人が不動産引渡命令を申し立てている本件建物については、昭和五六年四月二三日付をもって抵当権設定登記を取得していた債権者株式会社住宅総合センターの不動産競売申立(浦和地方裁判所昭和五七年(ケ)第五一〇号)に基づき、昭和五八年一月一二日、その敷地である宅地外一筆の土地(以下、本件建物を含め、一括して「本件不動産」という。)と共に不動産競売開始決定がなされ、同月一四日、右差押の登記がなされ、差押の効力が生ずるに至ったこと、その後本件建物は前記土地と共に一括売却に付され、入札の結果、申立人が最高価買受人となり、同年八月五日、申立人のため売却許可決定がなされ、同決定が確定したのち、申立人は同年一一月一四日にその代金全額を納付し、その所有権を取得したことを認めることができる。

二  次に、相手方が審尋の際に提出した建物賃貸借契約書には、本件建物の前所有者佐藤玲子が佐藤道明を仲介人として相手方に対し、昭和五七年一二月一日、賃料一万円(ただし、一か月あたりとの記載が欠落している。)、敷金四五〇万円、期間は同日から昭和六〇年一一月末日までの三か年、ただし、期間満了の場合は双方合議のうえ更新することができる等の約定で本件建物を賃貸した旨が、同じく建物賃料受領証及び敷金受領証には右佐藤玲子が昭和五七年一二月一日相手方から、一か月あたり一万円の割合による三か年分の本件建物の賃料三六万円及び敷金四五〇万円を受領した旨がそれぞれ記載され、右各書面中の貸主欄等には右佐藤玲子及び佐藤道明(ただし、同人については賃貸借契約書についてのみ)の住所、氏名が書かれ、その名下にはいずれも同人ら名義の印影が顕出されていることが認められ、また、相手方は審尋の際、大要次のとおり、すなわち、「私(相手方のこと。以下同じ)は、佐藤玲子から前記建物賃貸借契約書に記載されているとおりの条件で本件建物を賃借し、右契約には私と佐藤玲子のほか、私の妻及び仲介人の佐藤道明が立会った。私の前の住居はアパートで狭いので、友人の小林薫の紹介で本件建物を借りることにしたもので、その時初めて佐藤玲子に会った。賃貸期間三年、賃料一か月一万円、敷金四五〇万円の条件は貸主の希望で決まり、三か年分の賃料及び敷金は全部現金で支払った。私が本件建物に入居したのは昭和五八年三月二二日ですが、子供の学校の関係があったのでそうなったもので、賃借後、昭和五八年に入ってから月二、三回の割合で細い家財道具を運び込んでましたし、同年一月に表札も出しました。佐藤玲子及び佐藤道明が現在どこにいるかは知らない。」旨述べているものであって、これらの事実によれば、一見、相手方は昭和五七年一二月一日に前所有者佐藤玲子から本件建物を賃借し、敷金四五〇万円を差し入れたとの相手方の主張事実を認めうるかの如くである。

三  しかしながら、本件記録及び本件競売事件の債務者佐藤道明、同じく所有者佐藤玲子に対する各審尋の結果によれば、

1  佐藤道明と佐藤玲子とは夫婦であり、昭和五六年四月、債権者株式会社住宅総合センターより佐藤道明が借主、佐藤玲子外一名が連帯保証人となり、同年六月から長期にわたり分割返済する約定でいわゆる住宅ローンの土地建物購入資金一六〇〇万円を借り受けたうえ、株式会社高山工務店から本件不動産を買い受け、本件建物について同月二三日右道明及び玲子の両名を所有者とする持分各二分の一の所有権移転登記を経由すると共に右住宅ローンの借受金担保のため、本件不動産について株式会社住宅総合センターを権利者とする前記抵当権設定登記をなし、本件建物に居住するようになったが、その後しばらくしてから右住宅ローンの返済を延滞するようになった。なお、佐藤道明及び佐藤玲子の両名は、その後昭和五七年六月四日、本件建物について、真正な登記名義の回復を原因とし佐藤道明の持分全部を佐藤玲子に移転する旨の登記をなしたこと、

2  株式会社高山工務店側で前記売買を担当したのは田尾某であり、同人はその後、同会社をやめ建設会社を設立したものであるところ、佐藤道明が前記住宅ローンのことで右建設会社を訪ねた際、同会社に出入りしていた有限会社日研こと横田完則(以下「横田」という。)から自宅の電話番号を尋ねられ、教えたことがあったこと、

3  こうしたのち、昭和五七年一一月ころ、佐藤道明は横田から電話で呼出されたので会ったところ、同人から、このままでは本件不動産は競売になってしまうので誰か友人にでも賃貸した方がよい旨告げられたのち、同年一二月に入り、横田から、本件建物からの引越費用として五〇万円をやるから翌昭和五八年一月末日までに本件建物から転出してほしい旨言われた。これに対し、佐藤道明は、すでに前記住宅ローンの返済を延滞しており、いずれ本件建物から出なければいけないと思っていたので、引越費用をもらえるならばと横田の右申入を了解し、同人から、同月三一日に右引越費用の半額二五万円、次いで翌昭和五八年一月二七日に残額二五万円を受け取ったこと、

4  相手方提出に係る前記建物賃貸借契約書、建物賃料受領証及び敷金受領証中の各賃料、敷金の数額、貸主欄の佐藤玲子の住所氏名押印等はいずれも佐藤道明が昭和五七年一二月下旬ころ、横田との前記話合いに基づき、同人より引越費用をもらえるならばとの気持から、同人より求められるままに記述、押印したもので(なお、その記述押印当時、右建物賃貸借契約書の借主欄ないし建物賃料受領証、敷金受領証の各宛名人欄はいずれも記入されておらず、空白のままであった。)、それを横田に交付したものであるが、佐藤道明には本件建物を横田に賃貸したり、あるいは同人をして他人に賃貸するのを承諾したりする意思はなく、前記引越費用は別として、横田から賃料や敷金を受け取っておらず、更に相手方とは、昭和五七年一二月当時はもとより、現在に至るまで会ったことさえなく、相手方より賃料や敷金を受け取ったこともないこと、

5  佐藤玲子は、佐藤道明が横田と進めていた前記話合いを概ねその都度佐藤道明から聞いて了知していたもので、横田が本件不動産を競落するのだろうと思い、同人との交渉を全面的に夫の道明に任していたが、同女自身が横田に対し本件建物を賃貸したことはなく、相手方やその友人の小林薫なる人物を知らず、相手方と本件建物を賃貸する交渉をしたこともないこと、

6  しかるところ、相手方は、現在前記建物賃貸借契約書等を保有し(ただし、従前空白であった同契約書等の借主欄ないし宛名人欄には相手方の氏名が記述され、賃貸借物件として本件建物の表示等が記載されている。)、これをその主張事実立証のための証拠として提出しているけれども、右契約書等は前記のとおり佐藤道明が横田に対し交付したものであり、それを相手方が保有しているのは直接又は間接に横田と意思を通じていることによると推認されること、

7  佐藤道明、佐藤玲子夫婦は昭和五八年一月二七日まで本件建物に居住していたもので、横田から前記引越費用の残額をもらった同日に家財道具を運び出し、現在の住所に引越したこと(なお、佐藤ら両名は右引越後、所在が分らなくなり、相手方審尋の際も、前記のように相手方は右佐藤ら両名の行方を知らないと述べていたが、当裁判所が同人らを審尋したのは、その後、申立人において捜し出し、審尋期日に同行したことによる。)、

8  浦和地方裁判所執行官が同年二月二四日現況調査のため実地見分した当時の本件建物の状況は、表札がはずされ、引込電灯線は切断され、家具類はことごとく搬出されて空屋状態になっていたものであり、それまでに相手方が細い家財道具を運び入れていたようなことはなく、相手方が本件建物に入居したのは同年三月に至ってからであった(なお、相手方の電気使用開始日は三月三日である。)こと、

以上の事実が認められる。

そうして、右認定事実によれば、相手方が本件建物を賃借し、敷金を支払済みであることの証拠として提出している前記建物賃貸借契約書、建物賃料受領証及び敷金受領証はいずれも本件建物の前所有者佐藤玲子から横田との話合いを任せられていた同女の夫の佐藤道明が、横田との話合いに基づき、同人から、本件建物より他所に移転するための引越費用をもらい受ける見返りに、同人から求められるままに所要事項を記入したのを利用して作成されたものであって、佐藤道明には横田に対し本件建物を賃貸し、あるいは同人をして他の第三者に本件建物を賃貸するのを承諾したり、同人から賃料や敷金を受け取ったことはなく、更に相手方との間においては、佐藤玲子はもとより、佐藤道明も本件建物の賃貸借について交渉したり、相手方から賃料や敷金を受け取ったこともないことが認められるから、前記二の認定事実ないし証拠資料によっては相手方主張の本件建物の賃貸借ないし敷金差入の事実は到底これを認めることができないものであって、他にこれを認めるに足りる証拠資料はない。

したがって、相手方は、無権原により本件建物を占有している者として、現所有者である申立人に対し無条件で同建物を引き渡す義務があるというべきである。

第三結論

よって、申立人の本件申立は理由があるからこれを認容し、申立費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 榎本克巳)

<以下省略>

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